横浜市保土ヶ谷区の実戦武道空手道場(相鉄線 和田町駅から徒歩1~3分)

悲しい出来事・・・

昨夜、大山空手時代の知り合いの子供が亡くなった。
まだ23歳位のはずだ。
今から約1年程前、私が仕事の昼休み中に昼食を取りに、会社の近くの行きつけの日本蕎麦屋で偶然再会した。
情けない話し、私がその子を最後に見たのはその子がまだ小学校4年生位の時が最後だったので、容姿も大人びておりその子に声を掛けられても名前を名乗ってくれるまでは分からなかった。
その時の第一印象が、その子が異常に痩せている姿に驚き、そして話している内容・言葉遣いが、好き放題に育った小学生と話しているような感じであった。
そして食べ残しから偏食という事も分かり、総合的に判断してその子の寿命は短いなと感じていた。
また死期の近い人間は独特の目をしている。
私は長い事古武道としての修行を積み重ねてきた。
僅か5歳の頃には父親に短刀を渡され『世の中の役に立たないような人間になったら、これで潔く腹を切れ』と教育されて育ってきた。
そのせいもあって、私の武道修行は常に死を意識したものであった。
『今日この稽古をしなかったら、これで腹を切って死のう』若い頃は毎日がそんな連続で、死にたくないから稽古していたような気がする。
また何かを習得するには、そこまでしないと何をやっても中途半端で終わりである。
ちょっと横道にそれたが、そんな荒行を積み重ねてきて武術の強さと別に、人の人生が見えるようになってしまった。
勿論それは私が全精力を使い真剣に相手の目を見て話しをした時に限ってであるが、今まで何十人と見てきてただの一人も外れた事なく、私の言った通りの人生になっている。
まぁ皆その時は私に反論して色々言っていたが、結局全員が私の言った通りの人生を歩まざるえなくなっている。
そんな経緯でその子の死期もだいたい見えていた。

私がその子に関わったのは大山空手時代。
その頃私は一般部の指導を受け持っており、子供達との関わりは、合宿などのイベント事の時だけであり、子供達の事はよく知らない状態である。
なぜ関わりがあったと言うと、その子供の両親の離婚問題を回避させようと必死で動いたからである。
父親は今で言うイケメンであるがゆえに、無類の女好き。
母親はモデルよりも綺麗な女であったが、父親の女好きに耐えられず、事もあろうか道場の私の生徒と深い関係になってしまった。
小学校4年生の男の子とその下に小学校低学年の女の子(妹)がいるのに家庭はバラバラ!
その兄弟の未来が心配で当時色々と動いたが、父親は私に文句の雨あられ、母親は何で分かってくれないのと泣くばかり。
最後には当時の私の師に『大塚が良かれと思ってやっているのは分かるが、俺の所まで電話が掛かってきたし、ほっとけよ。面倒だろ?』と言われて終止符を打ったのを記憶している。
当会館にも片親の親御さんがおりますので書かせてもらいますが、両親が離婚した子供たちの生きる術は、お父さんの前ではお父さんに良い顔をして、お母さんの前ではお母さんに良い顔を必ずします。
なぜ生きる術と記載したかと言うと、自分で稼げない幼少期は、親に嫌われないようにするしかない。
両親は他人同士だから双方の悪口を言う、子供はこっちの親の前ではその話しに合わせ、そっちの親ではそっちの親に合わせて怒られないように、捨てられないようにする。
これは動物的本能がそうさせているのかもしれない。
親同士は赤の他人、敵同士であっても、子供達からすればお父さん・お母さんであることを忘れないでほしい。
子供に別かれた相手の悪口を言い聞かせるなんて、もってのほかである!
それを亡くなった子の親もやっていたであろう。
先に記載したその子の妹が幼少期の時に、大山空手選手権大会後打ち上げパーティーがあり、その会場で私に寂しい瞳を向け佇んでいた。
私がこっちにおいでと手招きすると直ぐ寄ってきて、近くでその妹の目を見たら辛くてしょうがないという思いが伝わってきた。
私は思わず『おーちゃん(当時その子にそう呼ばれていた)のうちの子供になるか?』と言った。
そうしたらその子は小さい手で私の足にしがみ付いてきた。
しばらくして父親が連れに来たが離れようとはしなかった。
しかしあんなに小さくても私の子供になれない事は理解していたようで、自ら諦めてまた寂しい瞳を残し父親の元に戻っていった。
その晩は私も辛くて泣いたのを覚えている。
あれから十数年の月日が流れたが、今でもあの時救ってあげられなくて申し訳ない気持ちでいっぱいになる事がある。
そしてその兄弟は当初、乱暴でわがままな彼氏付きの母親の元で数年暮らし、その後父親が居場所を調べて奪っていきそのまま大人になるまで暮らした。
しかしその兄弟と年齢が変わらないような彼女を父親が連れてくるよな環境で育てられ、その兄弟の教育面では何も考えず、ただ飯を与えるだけで育てたようである。
母親の方にもその子達が中学生でグレ始めた時に、今言って聞かせないとあの環境では大変な事になるから殴ってでも阻止しろと言った。
しかし返ってきた言葉は文句ばかり。
『今言っても聞かないでしょ』『自分だってグレてたんじゃないのか』『大人になったら分かるよ』こんな事ばかり私に怒って言ってきた。
そしてその結果が妹は全身に入れ墨が入り、兄の最期は刑務所の中で一人寂しく死んでいった。
刑務所と書くと犯罪者となるが、拒食症ゆえに脳に必要な糖分が取れないため、善悪の区別なく万引きしてしまい収監された。
大山空手時代の知人いわく、刑事を友達と勘違いする程脳が機能していなかったようだ。
八王子医療刑務所に収監されて数カ月間で人生に幕を引く事になってしまったのだが、家族は月に2回程度面会出来るはずだが収監されて1回か2回しか面会には行っていなかったようだ。
その間も私は知人を通じて、知能レベルが低い状態であんな所に収監されたら不安でいっぱいになるし、あそこに収監されると骨で帰ることが多いからなるべく行くようにと再三言ってきたが、自分の体の調子が悪いだとかの言い訳ばかりが返ってきたとの事。
今更後悔して泣いているようだが、時既に遅しである。
この2人の両親の子供に産まれなければ、また違う人生が必ずあったであろう。
楽しい思いも、辛い思いも、嬉しい思いも、頑張ったら達成感も味わうことが出来たであろう。
私にはこの親が殺したように思え、一人寂しく亡くなった子が不敏でならない。
もしあの世があるのであれば、今度こそは幸せになってほしい。
私は最後に会った時のお前の笑顔が忘れられない。

我が子が中学生・高校生となり親よりも体格が良くなり力が付いてくると、どこの親も小学生の時のように厳しくは教育しなくなる。
子供が成人するまでは親の保護下にあるのだから、小さい時と同じように厳しく接してほしい。
言っても聞かないからなどと言うような親の言い訳は、今まで耳にタコが出来る程聞いてきた!
ただお経を唱えるように言っても、馬の耳に念仏である。
結果が出るように向き合ってほしい。
それでもダメであれば最後の手段として私の元に連れてくればいい。
但し私は生きるか死ぬかの世界で生きてきた人間であるので、皆さんが厳しく育てているという10倍~20倍程度は厳しいですが、子供の未来を輝けるものにしたいのであれば是非。

国際成和空手道連盟
館長 大塚 章夫

 

 

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