横浜市保土ヶ谷区の実戦武道空手道場(相鉄線 和田町駅から徒歩1~3分)

趣味

4月~6月のスケジュール

平成29年4月~6月の稽古スケジュール表を掲載しましたので、ご確認ください。

H29年度年間カレンダー4月~6月

 

 

 


2017年1月~3月稽古スケジュール

29年度1月~3月の稽古スケジュール表を更新しました。

☆稽古スケジュール表☆

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稽古スケジュール訂正!

成和會 会員各位へ

ホームページ内及び道場に掲載しております、稽古スケジュールに誤りがありましたのでご確認ください。
6月の稽古スケジュール、カレンダー欄の15日(水)がお休みマークで記されており、カレンダー欄の補足説明には22日(水)となっておりますが、15日(水)がお休みですのでお間違えのないようにお願い致します。
補足説明欄は間違えでした。
大変失礼しました<m(__)m>


第13回 昇級審査会の案内(国際成和空手道連盟)

平成28年7月1日(金) 第13回昇段・昇級審査会を実施します。
毎回のことながら審査では、各技の名称や技術は勿論のこと気合や礼節なども審査の対象となっています。
また後日、各帯事にレポートの提出(提出期限厳守!)もありますので、受審する型や技、組手などを理解していなければ合格はさせません(レポートの課題は審査終了後に発表しますので聞き逃さない事)。
審査中に隣の人間を見なければ、求められた技が分からなくなってしまうようでは、当然失格・保留となります。
審査は普段の稽古ではありません!
独特の雰囲気の中、緊張せずに平常心で日頃の修行の成果を発揮出来るようにしてください。
上記の理由から当日は通常の稽古は致しません。
受審者以外で参加したい会員は先生まで事前に申し出てください。
尚、審査の様子は何方でも見学することが出来ますが、下記の注意事項を厳守してください。

 

※見学時注意事項
(当道場は自己の精神を鍛える為の神聖なる修行の場所です。下記の注意事項を厳守の事!)

 

1.審査中・稽古中の生徒に話しかけない事。
2.小さいお子さんを遊ばせたり、騒がせたりしない事。
3.乳児が泣いた場合は速やかに道場外に出て、一度落ち着かせてから道場内に戻る事。
4.武道場ですので、ガムを噛んだり腕組みや足を組んでの見学は一切認めません。
審査中の生徒達は一般の人間が、一生涯経験することのないの緊張感で審査に臨んでいます。
上記の見学時注意事項を厳守のうえ、ご見学くださいますようご理解ご協力の程、宜しくお願いします。
尚、上記約束事がお守り頂けない場合は、退出して頂きますので予めご承知おきください!

 

※昇段・昇級審査会 受審資格
下記の受審資格は無級~7級までの者

1.国際成和空手道連盟 成和會に入門し、半年が経過している会員(週1回コースの会員は1年が経過している事)。
2.前回受審した審査から、半年以上経過している者。
3.前回の審査または入門から、道場での総稽古時間が45時間を超えている者(稽古時間は先生が把握しています)。
4.上記以外の者でも、先生が特別に認めた者は受審を許可します。
5.受審資格のある者でも、各技が受審レベルに達していないと先生が判断した場合は、受審出来ない場合もあります。
審査会受審希望者は先生まで必ず確認に来ること!
6.現在7級・8級の者は、選手権大会出場経験者である事。

 

※審査日時等
1.場所 : 保土ヶ谷道場
2.日時 : 平成28年7月1日(金)
午後18:45分集合
午後19:10分開始
終了時間未定(約2時間弱を予定)
3.審査願書提出期限 : 平成28年6月25日(土)

 

昇級審査会 受審願書ダウンロード
尚、願書は保土ヶ谷道場にもあります。

以上

各自黒帯を目指し、自分自身に負けないよう努力精進の事。


ワールド大山空手 総主 永眠

平成28年2月15日 午前3時、私が青春時代を過ごした国際大山空手道連盟(ワールド大山カラテ)の大山 茂総主が永眠された。

直接指導を受けてから20年近い歳月を経ている今でも、総主のあの気迫・気合い・見るからに一拳必殺を漂わせる正拳突きが甦ってくる!

総主は日頃から「まず前に出る組手をする事!」と初心者に指導されていた。
だから他の空手団体とは違い、初心者は受け技から入らず、まず殴られようが蹴られようが前に出る組手を実践させられた。
これは初心者のうちは受ける事に集中してしまい、結果体制が崩れ腰が引けた状態になり最後はやられてしまう。
これを無くすために、先々攻める事を教えられた。
ただ当時は100人入門者があれば、1年後には99人は辞めて行く状態だった。
1人残ったらたいしたものだった!

そんな懐かしい思い出を総主が亡くなられたとの訃報を聞いたあとに、当時内弟子でアラバマに行っていた後輩と、フェイスブックを通じ昔話しに花を咲かせた。
彼も総主は人間的にに尊敬出来る方でしたと言っていた。
おそらく関わりを持った全ての人から愛されていた方だと思う。

そしてもう一つ、「前に出る組手」の他に良く言っておられたのが、「人生のチャンピオンに成れ」だった。
「空手のチャンピオンは1人しかなれない!しかし、人生のチャンピオンは頑張れば誰でも成れるんだ!!」とおっしゃっていた。

白帯からスタートし、指導員時代までの国際大山空手道連盟 日本総本部で学んだ事は、私の人生の財産である。
金儲けにはならないが、どんな大金持ちよりも充実した人生を歩めている。
そんな偉大なる空手界の重鎮が永眠された。
一つの時代に幕を下ろしたかのような気持ちになる。

ご冥福をお祈り致します。押忍

最後に入門当初に当時 最高師範であられた大山茂総主との写真である。
この頃は講習会や合宿を終えてから、総主を囲んで居酒屋で酒を酌み交わしたりして、総主に一気飲みを煽り怒られたなんて事もあったなぁ・・・
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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E8%8C%82_(%E7%A9%BA%E6%89%8B%E5%AE%B6)#cite_note-efight20160215-1


保土ヶ谷区民祭りⅡ(空手演武)

大変遅くなりましたが、保土ヶ谷区民祭りⅠに引き続き、今回は保土ヶ谷区民祭りⅡをUPしますのでご覧ください。
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次回、保土ヶ谷区民祭りⅢ(空手演武)では、試割りの様子をUPしますのでお楽しみに。

国際成和空手道連盟 成和會
館長 大塚 章夫


悲しい出来事・・・

昨夜、大山空手時代の知り合いの子供が亡くなった。
まだ23歳位のはずだ。
今から約1年程前、私が仕事の昼休み中に昼食を取りに、会社の近くの行きつけの日本蕎麦屋で偶然再会した。
情けない話し、私がその子を最後に見たのはその子がまだ小学校4年生位の時が最後だったので、容姿も大人びておりその子に声を掛けられても名前を名乗ってくれるまでは分からなかった。
その時の第一印象が、その子が異常に痩せている姿に驚き、そして話している内容・言葉遣いが、好き放題に育った小学生と話しているような感じであった。
そして食べ残しから偏食という事も分かり、総合的に判断してその子の寿命は短いなと感じていた。
また死期の近い人間は独特の目をしている。
私は長い事古武道としての修行を積み重ねてきた。
僅か5歳の頃には父親に短刀を渡され『世の中の役に立たないような人間になったら、これで潔く腹を切れ』と教育されて育ってきた。
そのせいもあって、私の武道修行は常に死を意識したものであった。
『今日この稽古をしなかったら、これで腹を切って死のう』若い頃は毎日がそんな連続で、死にたくないから稽古していたような気がする。
また何かを習得するには、そこまでしないと何をやっても中途半端で終わりである。
ちょっと横道にそれたが、そんな荒行を積み重ねてきて武術の強さと別に、人の人生が見えるようになってしまった。
勿論それは私が全精力を使い真剣に相手の目を見て話しをした時に限ってであるが、今まで何十人と見てきてただの一人も外れた事なく、私の言った通りの人生になっている。
まぁ皆その時は私に反論して色々言っていたが、結局全員が私の言った通りの人生を歩まざるえなくなっている。
そんな経緯でその子の死期もだいたい見えていた。

私がその子に関わったのは大山空手時代。
その頃私は一般部の指導を受け持っており、子供達との関わりは、合宿などのイベント事の時だけであり、子供達の事はよく知らない状態である。
なぜ関わりがあったと言うと、その子供の両親の離婚問題を回避させようと必死で動いたからである。
父親は今で言うイケメンであるがゆえに、無類の女好き。
母親はモデルよりも綺麗な女であったが、父親の女好きに耐えられず、事もあろうか道場の私の生徒と深い関係になってしまった。
小学校4年生の男の子とその下に小学校低学年の女の子(妹)がいるのに家庭はバラバラ!
その兄弟の未来が心配で当時色々と動いたが、父親は私に文句の雨あられ、母親は何で分かってくれないのと泣くばかり。
最後には当時の私の師に『大塚が良かれと思ってやっているのは分かるが、俺の所まで電話が掛かってきたし、ほっとけよ。面倒だろ?』と言われて終止符を打ったのを記憶している。
当会館にも片親の親御さんがおりますので書かせてもらいますが、両親が離婚した子供たちの生きる術は、お父さんの前ではお父さんに良い顔をして、お母さんの前ではお母さんに良い顔を必ずします。
なぜ生きる術と記載したかと言うと、自分で稼げない幼少期は、親に嫌われないようにするしかない。
両親は他人同士だから双方の悪口を言う、子供はこっちの親の前ではその話しに合わせ、そっちの親ではそっちの親に合わせて怒られないように、捨てられないようにする。
これは動物的本能がそうさせているのかもしれない。
親同士は赤の他人、敵同士であっても、子供達からすればお父さん・お母さんであることを忘れないでほしい。
子供に別かれた相手の悪口を言い聞かせるなんて、もってのほかである!
それを亡くなった子の親もやっていたであろう。
先に記載したその子の妹が幼少期の時に、大山空手選手権大会後打ち上げパーティーがあり、その会場で私に寂しい瞳を向け佇んでいた。
私がこっちにおいでと手招きすると直ぐ寄ってきて、近くでその妹の目を見たら辛くてしょうがないという思いが伝わってきた。
私は思わず『おーちゃん(当時その子にそう呼ばれていた)のうちの子供になるか?』と言った。
そうしたらその子は小さい手で私の足にしがみ付いてきた。
しばらくして父親が連れに来たが離れようとはしなかった。
しかしあんなに小さくても私の子供になれない事は理解していたようで、自ら諦めてまた寂しい瞳を残し父親の元に戻っていった。
その晩は私も辛くて泣いたのを覚えている。
あれから十数年の月日が流れたが、今でもあの時救ってあげられなくて申し訳ない気持ちでいっぱいになる事がある。
そしてその兄弟は当初、乱暴でわがままな彼氏付きの母親の元で数年暮らし、その後父親が居場所を調べて奪っていきそのまま大人になるまで暮らした。
しかしその兄弟と年齢が変わらないような彼女を父親が連れてくるよな環境で育てられ、その兄弟の教育面では何も考えず、ただ飯を与えるだけで育てたようである。
母親の方にもその子達が中学生でグレ始めた時に、今言って聞かせないとあの環境では大変な事になるから殴ってでも阻止しろと言った。
しかし返ってきた言葉は文句ばかり。
『今言っても聞かないでしょ』『自分だってグレてたんじゃないのか』『大人になったら分かるよ』こんな事ばかり私に怒って言ってきた。
そしてその結果が妹は全身に入れ墨が入り、兄の最期は刑務所の中で一人寂しく死んでいった。
刑務所と書くと犯罪者となるが、拒食症ゆえに脳に必要な糖分が取れないため、善悪の区別なく万引きしてしまい収監された。
大山空手時代の知人いわく、刑事を友達と勘違いする程脳が機能していなかったようだ。
八王子医療刑務所に収監されて数カ月間で人生に幕を引く事になってしまったのだが、家族は月に2回程度面会出来るはずだが収監されて1回か2回しか面会には行っていなかったようだ。
その間も私は知人を通じて、知能レベルが低い状態であんな所に収監されたら不安でいっぱいになるし、あそこに収監されると骨で帰ることが多いからなるべく行くようにと再三言ってきたが、自分の体の調子が悪いだとかの言い訳ばかりが返ってきたとの事。
今更後悔して泣いているようだが、時既に遅しである。
この2人の両親の子供に産まれなければ、また違う人生が必ずあったであろう。
楽しい思いも、辛い思いも、嬉しい思いも、頑張ったら達成感も味わうことが出来たであろう。
私にはこの親が殺したように思え、一人寂しく亡くなった子が不敏でならない。
もしあの世があるのであれば、今度こそは幸せになってほしい。
私は最後に会った時のお前の笑顔が忘れられない。

我が子が中学生・高校生となり親よりも体格が良くなり力が付いてくると、どこの親も小学生の時のように厳しくは教育しなくなる。
子供が成人するまでは親の保護下にあるのだから、小さい時と同じように厳しく接してほしい。
言っても聞かないからなどと言うような親の言い訳は、今まで耳にタコが出来る程聞いてきた!
ただお経を唱えるように言っても、馬の耳に念仏である。
結果が出るように向き合ってほしい。
それでもダメであれば最後の手段として私の元に連れてくればいい。
但し私は生きるか死ぬかの世界で生きてきた人間であるので、皆さんが厳しく育てているという10倍~20倍程度は厳しいですが、子供の未来を輝けるものにしたいのであれば是非。

国際成和空手道連盟
館長 大塚 章夫